全盛期の人見絹枝伝説

・16歳で女子陸上日本記録は当たり前、17歳で世界記録も
・人見にとっての陸上選手は新聞記者のなりそこない
・第2回国際女子競技大会、日本人ただ1人の状況から1人で2優勝・15得点
・会長から名誉賞も余裕で受賞
・一回の走り幅跳びで記録が十年破られない
・100m走、200m走、走り幅跳びが特技
・17歳の時点で170cm・56kg、「男性」「男」を添えて検索するグーグル先生も
・試合地で円盤買って円盤投げ初挑戦なんてザラ、2位入賞することも
・100mで予選落ちしてから公式では初挑戦の800mに出場する方が早かった
・その800mでドイツのラトケともども世界記録を破って失神ゴールインした
・余りの壮絶さからその後7回にわたって女子800mが取りやめられたことは有名
・「婦女が脚を見せて走るなど不謹慎」という批判に反論しながら、ただ一人慎ましくうつ伏せに倒れ込む
・その後も現在まで80年以上、オリンピックトラック競技で個人のメダリストは出ていない
・高校野球でのプラカード入場、校歌吹奏・校旗掲揚が始まったきっかけは人見の発案
・50mや60m、三種競技も世界記録にしてた
・砲丸投げも楽々日本記録にしてた
・わずか24歳で、銀メダル獲得したのと同じ日に亡くなるというファンサービス
・人見は、戦時中の金属供出で失われたと思われていた銀メダルを寝具の中に隠していたことがある
・同郷の有森裕子はバルセロナで、同じ8月2日に64年ぶりとなる銀メダルを獲得したことがある
・「私への罵りは甘受するが、後から生まれてくる選手には指一つ触れさせない」という名言に涙する有森も

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Last-modified: 2009-12-16 (水) 00:27:58 (3206d)