全盛期の佐久間信盛伝説 

・3合戦5退却は当たり前、3合戦8退却も
・先陣で退却を頻発
・信盛にとっての追撃戦は退却のしそこない
・援軍に行って退却も日常茶飯
・三方ヶ原の戦いで家康軍壊滅、平手汎秀討ち死にの状況から1人で退却
・高野山からも余裕で退却
・石山本願寺攻めで討伐に4年もかかる
・陣中で茶会が特技
・戦場に立つだけで敵将が泣いて喜んだ、勝ち鬨をあげる敵兵も
・朝倉軍に大勝でも納得いかなければ追撃しないで帰ってきてた
・あまりに退却しすぎるから膠着状態でも前進扱い
・その膠着状態でも茶会
・信長が一睨みしただけで佐久間親子が高野山に飛んでいく
・合戦の無い行軍日でも2退却
・自分の家臣使わずに与力をこき使ってたことも
・自分の失態を自分で弁明して信長の怒りを買う
・殿軍で退却成功なんてザラ、往復することも
・信長の折檻状を受け取ってから高野山に行く方が早かった
・戦国時代そのものから退却した
・信盛を激励しようとした信長と、活躍例に挙げられた明智光秀、羽柴秀吉、池田恒興ともどもから現実逃避した
・武田軍の内応の誘いに流暢な名古屋弁で応対しながらスルー
・堺で茶会してただけで5年くらいすぎた
・佐久間軍に見捨てられて家康が脱糞したことは有名
・本能寺の変が起きたきっかけは信盛の追放
・敵中の深い位置から尾張にも退却してた
・自分の知行を楽々温存してた
・大うつけの信長に味方して織田信行と戦うという主君サービス

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Last-modified: 2008-04-01 (火) 12:56:30 (3857d)